「つくろう。世界が愛するカルチャーを。」をミッションにかかげ、エンターテインメントの新時代を切り拓くカバー株式会社。その成長を支える重要な柱が、グッズ販売というフィジカルな領域です。デジタルコンテンツの枠を超え、リアルなグッズ販売を通じてファンとの絆を深めるEC事業。
その戦略を担うのが、2024年7月に就任した前田大輔執行役員です。
住友商事、モノタロウ、ラクスル、そして海外での事業展開と、多彩な経験を持つ前田さんは、日本発コンテンツのグローバル展開において、カバーにどのような可能性を見出しているのか。カバーのEC戦略と未来のビジョンについて詳しく伺いました。
執行役員SVP(MD・EC・物流管掌) 前田大輔
慶應義塾大学理工学部を卒業後、住友商事にて複数のインターネット事業の立ち上げに携わり、その後、爽快ドラッグマレーシア、モノタロウインドネシアの社長を歴任。帰国後、ラクスルに転じ、印刷集客事業執行役員等を経て2024年カバーに執行役員として参画。MD・EC・物流領域を管掌。元スタンフォード大学客員研究員
“ジャパン・イズ・ナッシング”の衝撃から、日本のプレゼンス向上へ。海外経験を経て気づいた世界での日本の現在地と価値
ー前田さんは2024年7月にEC、経営プロフェッショナルとして執行役員に就任されましたが、カバーでの具体的な役割や現在、注力している業務について教えていただけますか?また、カバーのビジネスについて、特徴や魅力をどのように感じているかお聞かせください。
カバーの売上高300億の約半分がECを通じたグッズの売り上げ※1となっています。私はMD、EC、物流とグッズ販売全体を管掌する執行役員を務めています。その中で、現在最も注力しているのは物流の改善です。急激な事業成長に伴い、出荷キャパシティの圧迫や納期遅延が課題となっており、それらを改善すべく戦略策定、実行、採用を含めた組織構築を進めています。来年夏頃には新物流センターの立ち上げを計画しています。
ー7月に執行役員に就任されたとのことですが、どのようなきっかけでカバーに参画されたのですか?
カバーに参画する前は、間接材ECやオンラインドラッグストアの立ち上げ、東南アジアでのEC事業経営、印刷ECなどを経験してきました。ECに関連する全ての業務分野、また、経営経験が長いということで、谷郷さんが声をかけてくれたのがきっかけですね。
これまでのキャリアでいうと、まず、慶應義塾大学理工学部を卒業後、新卒で住友商事に入社しました。日本の総合商社が厳しい経営環境に直面した「商社冬の時代」と呼ばれる時期を経験し、新規事業を立ち上げるしかない状況の中で間接材ECサイト「モノタロウ」の企画から立ち上げまでを担当しました。その後、オンラインドラッグストア「爽快ドラッグ」(現楽天24)を立ち上げ、そのアジア展開として「爽快ドラッグマレーシア」と「モノタロウインドネシア」では社長を務め、帰国後、住友商事を離れ、印刷ECの「ラクスル」で印刷事業の執行役員に就任しました。
カバー代表の谷郷さんとは14-15年来の知り合いで、3年に一度ほど連絡を取り合う関係だったのですが、今年の4月に連絡をしたところ、ECのプロが必要だと話をいただきました。当初は独立を考えていたのですが、カバーについて調べていくうちに、ECやグローバル展開など成長の可能性がとんでもないな、と感じたので、7月に正式にカバーにジョインしました。
ーカバーのECについて、その特徴や魅力をどのように感じているかお聞かせください。
カバーのECで特筆すべきは、海外売上が3割を占めていることです。アメリカが最大の市場です。世界中にファンがいて、しかも、日本発であることが私がカバーに魅力を感じた点です。現在は越境ECで対応していますが、今後はより現地に密着した販売方法も検討しています。国外拠点でのECサイトの展開は商品特性、マーケティングだけではなく、外資規制、税務、品質、各国で対応する必要があります。店舗展開を含めた海外での流通網の構築も必要ですし、将来的にはそれらに対応していこうと考えています。
ー世界に市場があることに可能性を感じた、とのことですが、これまでにも国外でビジネスを多数展開されている前田さんが、世界へ挑戦することにはどのような思いがありますか?
私には「日本から世界へ挑戦すること」「お客さんが喜ぶこと」「テクノロジーをバックボーンとしていること」という、仕事をする上で大切にしている軸が3つあります。特に「日本から世界へ」という点では、海外経験を通して、サービスでも商品でもコンテンツでも、日本発のものを世界へ流通する仕組みを作りたいという強い思いがありました。
2008年頃にアメリカに留学していたのですが、当時は「ジャパン・イズ・ナッシング(日本の存在感なし)」という雰囲気で、私が所属していたスタンフォード大学の研究所でも、近現代の日本に関する研究は漫画が目立つぐらいでした。それまでは日本が世界でもイケてる国で様々な研究をされていると思っていましたが、自分の認識が覆され衝撃を受けました。
その後、「爽快ドラッグマレーシア」の社長を務めていた頃の経験も印象的でした。当時、K-popの影響力が高まっていて、ヒジャブの上にニューヨーク・ヤンキースの帽子をかぶり、K-popダンスを踊る若者を見て、韓国文化の融合と影響力に衝撃を受けました。インドネシアでも韓国エンターテインメントの波が押し寄せていて、大手ECサイトのアンバサダーは軒並みBTSなどのK-popアイドルで、ランチタイムはYouTubeで韓国ドラマを見るスタッフたちを見て国の支援を含めた韓国のエンタメの力強さを肌で感じましたね。
当時から日本が海外で戦い、勝てる分野は、エンターテインメント・ソーシャルセキュリティ・フードのどれかしかないと考えていましたが、ソーシャルセキュリティは法律などの壁が高く、フードはすでに競争が激しく、競合が多い。なので、エンターテインメントに一番可能性を感じていました。ただ、当時は自分には関係ないな、と思っていました。そんな中、谷郷さんからお話しをいただいて、カバーの事業の中でも特に自分の得意分野であるグッズのECや物流の可能性と重要性を感じ、自分がカバーの成長に確実に貢献できると感じたんです。それで、参画を決めました。
「VTuber文化が日本の新しい輸出産業になる」世界に広がるVTuber文化に見出す経済成長の可能性
ーカバーの事業の世界市場での優位点はどういったところにあると思いますか?また、VTuberなどのエンタメ業界におけるEC事業に挑戦しようと思ったきっかけやエピソードはありますか?
世界で日本発のVTuber文化が受け入れられていることは、日本の新しい輸出産業になり得ると思っています。特に、今年の7月初めに実施された「ロサンゼルス・ドジャース」と「ホロライブプロダクション」のコラボレーション企画は印象的な出来事でした。グッズの購入待ちが球場を1周するほどできており、5時間近く並んでいるファンの方もいました。
アメリカでアジア発のコンテンツが老若男女問わず受け入れられ、日常に溶け込んでいる様子を見て、VTuberは世界で通用する新しいエンターテインメントだということを確信しました。その背景にはアニメライクな見た目が人種を意識させないこと、そしてインターネットの普及によってエンターテイメントのリアルタイム性、言語の民主化が進んでいることがあると思います。
今年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン※2」でもコンテンツ産業活性化戦略が発表されています。その資料の中で、日本発コンテンツの海外売上は、鉄鋼産業や半導体産業の輸出額に匹敵する規模があり、キャラクター売上の世界ランキング上位の半数は日本のものになっているとされています。日本は長らく製造業の国というイメージが強かったかもしれませんが、こうした国の流れもあり、最近ではコンテンツのグローバル化がホットトピックになっています。さらに、「クールジャパン戦略」の文脈でも、アニメ、漫画、ドラマなどの文化輸出に力を入れ始め、今年は「コンテンツグローバル元年」とも言える年となっています。そうした背景を踏まえてもVTuber事業は日本発のグローバル企業を生み出す大きな可能性を秘めていると思います。
ー日本もコンテンツの輸出に積極的になってきているのですね。そうした社会的背景の中、前田さんが担っているグッズやECは具体的にファンや市場に対してどのような役割を果たしていると思いますか?
ホロライブプロダクション事業とグッズの関係性について、下記のような図式を使ってよく説明をしています。
これはタレントさん、インフルエンサーがYouTubeやイベント、ライブなどにデジタルで発信しながらグッズでフィジカルにつながる、エンゲージメントツールの役割を果たしているという図です。昭和の時代であれば、プロ野球に法被を着てメガホンを持って行くことでファンと選手がつながることと同じではないかと思います。YouTubeを見て、興味を持ち、グッズでつながり、推す。そして、ライブに行くという一連のファン活動、いわゆる推し活には再現性があると思います。私自身、「推し活」について大きな気づきを得たエピソードがあります。
ラグビーのニュージーランド代表であるオールブラックスの選手や日本代表のリーチ マイケル選手が参加するオークションパーティーに息子と参加した時のことです。ラグビーボールが4万円で出品されていて、息子がラグビーをしているので、高いけど・・・・と思いつつも入札しました。そうしたら、落札後に、息子がリーチ マイケル選手にタックルさせてもらったりラインアウトをさせてもらう機会をもらえたんです。そうなると、そのボールには体験の付加価値が伴い、当初は高いといっていた家族が突然安い!と。笑 ボールを飾って、日本代表戦ではリーチマイケル選手を推しまくっています。そしてその活躍に興奮しています。この経験がファンの方たちがグッズを通して価値や体験を買っているという気持ちが、初めて分かった瞬間でしたね。ファンにとっての価値がグッズで具現化されている、VTuberビジネスにおけるマーチャンダイズの本質がより理解できるようになりました。ファンを作り、そのファンを通じて様々なチャネルを繋げ、マーケティングをする。カバーのビジネスモデルの強さは、ここにあると確信しています。
「前例のない産業だからこそチャンスがある」さらなる市場に挑むカバーの無限の可能性
ー配信やライブといった体験をグッズが繋いでくれているのですね。グッズを買うことでコンテンツを自分ごと化できるといった感覚はファンだからこそあるのではないかと思います。それでは、前田さんがカバーの一員になって気づいた魅力や課題はありましたか?
カバーは伸び代しかないと感じています。社員の皆さんはカバーのコンテンツをリスペクトして、大切にされている方達です。クリエイティブな人材が集まり、そのクオリティや技術力に圧倒されました。
ただ、ビジネス面は発展途上で、もっとよくできる、伝えることができると思っています。高い事業成長を実現し、その結果、コンテンツ、クリエイティブに再投資するエコシステムをもっと早く強く回していけると思っています。
ー様々な会社の社長や役員として携わってきた前田さんの視点から、これからのカバーにどのようなビジョンをお持ちですか?
カバーは2023年3月に東京証券取引所グロース市場に上場しましたが、さらにプライム市場への移行も目指しています。上場企業は社会的責任があります。プライム市場へ移行するとその責任は、より大きくなり、投資家への責任もより重くなっていきます。組織が大規模になるとピラミッド化も進み、強い組織にするための難度もあがります。また、より高い規律が求められます。カバーは上場企業として社会的責任をもって、尊敬される会社にならなければならないと思っています。
それを理解した上で組織全体が同じ方向を向けるように経営レベルを上げていきたいと思っています。事業面では良いものをより早くお客様に届けることが最も重要ですし、組織の意思疎通をより高次元で行うためにも高いモチベーションを持った上で、自分で規律を持ち、やり切れる人を見つけることが鍵になります。そういった強い人材を採用し、育てていきたいですね。
ー前田さんご自身はカバーを通して何か達成したいビジョンなどはありますか?
個人としては”日本発を作りたい”ですね。先ほどお伝えした、グッズが媒介となって様々なオンラインやリアルのチャネルを繋げているという図式を数字で解明していきたいと思っていますし、ミッションにもある「つくろう。世界が愛するカルチャーを。」を実現したい、カルチャーを大きく変えていきたいと考えています。
そして、それを元にエンターテインメントを再現性のあるものにしていきたい。エンターテインメントは主観的で再現性がないものだと思われがちですが、そうではなく、再現性のある仕組みを作り出していきたいですね。
カバーにジョインしてまだ二ヶ月半ですが、少し仕組みを変えるだけでも大きな変化が生まれる素地があることを強く感じています。こうした変化を積み上げ、世界に向けて発信、流通できる仕組みを作っていきたいです。
ーそうした環境を作っていく中で、どのような方がカバーに合うと思いますか?また、カバーで働くことの魅力はなんだと思いますか?
カバーで働く上で、クリエイティブをリスペクトできるかどうかが最も大切だと考えています。お客さんが喜ぶものを大切に、いいものを届けることを我々の使命だと考え、動ける方と一緒に働きたいですね。
これまでにない産業だからこそ、事業を進める上で参考になる前例がないのがカバーの魅力だと思います。それはつまり、自身がバッターボックスに立つチャンスが多くあるということでもあります。どんどんお任せするので思いっきり、挑戦してほしいと思います。
そして、カバーには様々な業界のトップクラスの人材がいるので、色々な視点で学べる環境があります。且つ、グローバルな挑戦ができる場所だと自信を持って言えるので、この環境で成長したい、世界に発信したい人に、ぜひ、出会いたいです。
ー最後に、等身大のカバーを一言で表すとしたら、どんな言葉を選びますか?
「ポテンシャル」です!
カバーには大きな可能性があります。明確な方向性を掲げ、やるべきこととやらないことを決めるだけで大きく伸びる可能性があります。このポテンシャルを解き放ち、さらに飛躍させる。今後の成長が本当に楽しみです。
日本発のグローバルエンターテインメント企業として成長を続けるカバーのEC事業。その舵取り役の前田さんから豊富な経験と先見性を伺え、大変勉強になりました。ありがとうございました!
※1:2024年3月期決算説明資料より
※2:内閣官房 「新しい資本主義の グランドデザイン及び実行計画 2024年改訂版」