
VTuber事務所「ホロライブプロダクション」で知られるカバー株式会社。コンテンツ×テクノロジービジネスの強みを活かし、グローバルな展開を加速する同社で、新しい産業の確立には積極的な投資と収益性の両立が不可欠です。その財務戦略を牽引するのが金子陽亮執行役員CFOです。
グローバル市場で活躍していた投資銀行での経験を活かしながら、新しい産業の確立に挑戦する金子CFOに、カバーの成長戦略や将来展望について詳しく伺いました。
執行役員 CFO 金子 陽亮
2013年からSMBC日興証券の資本市場本部にて株式資金調達の案件組成業務に従事し、2018年からは、同社のロンドン拠点でグローバルIPOの執行などを担当。2021年にカバー入社。現在は主にCFOとして予算管理、IR対応等を担当。また経営企画室長として、各部門のオペレーション整備や複数部門連携プロジェクトの推進等を行う。
「会社の成長ストーリーにはサイエンスとアートの両面が必要」証券会社での経験を活かし、成長企業のCFOとして新たな挑戦へ
ーカバーとの出会いのきっかけは何だったのでしょうか?
私は子どもの頃からアニメやゲームと共に育ってきたという感覚があり、そうしたカルチャーが元々好きでした。父親が画商を営んでいてコンテンポラリー・アートなどに触れる機会が多かったので、幼少期からアートやクリエイティブにも強い興味がありました。なので、ゲームやアニメなどのエンターテインメントをアート的な感覚で見ているところもあるかもしれません。
2018年頃に証券会社のロンドン拠点で働いていた際にも、余暇時間には結構『YouTube』を見ておりVTuber文化の動向にもかなり関心を持っていました。当時のロンドンでは、日本の漫画やアニメ、ボーカロイドカルチャーなどの人気が少しずつ広がっていました。その後コロナ禍でロックダウン※1に突入した際には、『Netflix』などを通じてアニメやインターネットカルチャーがマス層にも浸透していきました。私がロンドンにいた時期はそうした日本文化がマス化していくタイミングでもあり、日本から新たに生まれ勢いが出てきていたVTuber文化の動向も注視していました。
また、消費者として見てもVTuberのクリエイティブのユニークさや新しさに衝撃を受けました。当時国内外で様々なスタートアップが生まれ、世の中に新しい価値を作り出していく様を目の当たりにする中で、VTuberは日本の独自性を活かして新しい産業を作れるような大きな可能性があるのではないかと感じていました。
そこからカバーに入社するきっかけとなったのは、海外展開マネージャーのポジションに応募したことです。そこで谷郷さんとお話しする機会をいただいた際に、継続的な事業規模の拡大や成長を実現していくにはこうしたらいいのでは、という考えなどをお話させていただきました。2021年のカバーは、社員が100人超の規模で、オフィス移転の準備を行っていた時期でした。会社やお客さんの規模が猛烈に拡大していく中で整備を急いでいる最中、ロンドンでの任期を終えるタイミングで正式に参画することが決まり、2月から経営企画室長として働き始めました。当時は新設の部署で事業企画を行い、その後CFOに就任しました。
ー証券会社でのご経験がCFO業務のどんな場面で特に活きていますか?
大規模な資金が動く世界の金融市場の現場でファイナンスの理論がどのように運用されるのかを経験できたことは、当社の成長性を資本市場に伝える際にも考え方の基礎になっていると感じています。また、グローバルIPO等の案件執行を通じて多国籍チームでのプロジェクトマネジメントを行った経験は、当社で経営企画室長として様々な地域のプロジェクトを推進する際にも役立っています。
証券会社の仕事で付加価値を生み出すために重要だったのは、クライアント企業の事業の成長可能性を含む潜在的な企業価値を様々なロジックによって資本市場に訴求し、実際の市場価値として顕在化させることです。特にIPO案件のような既存の株価が存在しない会社に株価をつける過程においては、業績や数式だけでは語れない会社のビジョンをどのように実現可能なものとして市場に打ち出していくのかというようなアートの要素が重要になります。事業会社のCFOの仕事においてもこの点は同様で、どのようにこの事業の関連市場を定義し、その中での参入障壁や拡張性などの企業優位性をどのように論理的に説明するかといったことを日常的に思案しています。
一方で、CFOの仕事が証券会社の仕事と異なる点としては、事業の成長可能性を世の中に説明するだけではなく、実際に構築した成長ストーリーに沿って事業投資を行い、自らリスクをとって事業成長を実現させていかなくてはならないことです。実業を推進しながら事業成長を顕在化させる過程においては、当然想定通りにいかないこともあり苦労を伴うこともありますが、主体的に投資や事業開発を行って世の中に大きな影響をもたらすことができる点は証券会社ではなかなか経験することのできない事業会社ならではのやりがいです。

カバーの独自性と、グローバルから見たVTuberの未来
ー証券会社時代から、様々な会社の代表や役員と接してこられたかと思います。そんな金子さんがカバーに惹かれた最大の理由はなんでしょうか?また、成功する会社に共通する資質はなんだと思いますか?
私がカバーに惹かれた理由は、作家性や創作に対するリスペクトが事業の独自性に繋がっている点です。先述のとおり、父がアート関連の仕事をしていたため、子供の頃からアートやアーティストに対してリスペクトを感じており、一消費者としてカバーや「ホロライブプロダクション」のコンテンツを見るうえでも大きな魅力や独自性を感じていました。
成功するビジネスで重要なことは、独自性と拡張性を両立することによって強い競争優位性を確立できることだと思います。カバーの場合は、「強い個性を持ったクリエイターをテクノロジーによってエンパワーする」という基本姿勢をとっていることによって、クリエイターの裁量や創作能力から生み出されるコンテンツの独自性とARや動画メディアといったテクノロジーの力による拡張性を両立しており、これが国内のみならず世界中で大きな文化・経済圏の創出につながっていると思います。
ー元々アニメやゲームが好きだという金子さんですが、実際にそうした業界と近しいカバーで働いてみてどうでしたか?
カバーで働くようになってから、消費者として見ていたアニメやゲーム産業のキーマンとビジネスをする機会が多く、子どもの頃に自分が憧れた産業で働いている、という喜びがあります。例えば、私はコンシューマーゲームの『FINAL FANTASY』シリーズが好きで、自分自身の人格形成にまで影響を与えていると思っているのですが(笑)、カバーの社外取締役には株式会社スクウェア・エニックスの代表取締役社長を務めていた和田洋一さんがおり、自分の人生に影響を与えた作品を作っていた方から経営へのアドバイスを聞ける環境は、とてもありがたい機会です。私たちも同じように、次の世代に向けて影響を与えるコンテンツを作りたいという気持ちに強くさせられます。
若い人たちの感性に従ったコンテンツをカバーが作り続けることで、30年後には二世代・三世代に渡ってVTuberが支持されていることを目指しています。そうなっている状態がまさに、カバーの目指すバーチャル経済圏が確立されているということだとも思っています。

ー憧れや好きの気持ちが次の世代へ伝播していく世界を今まさに作っているのですね。CFOとして、VTuber産業の成長可能性についてはどのようにお考えですか?
VTuberの成長可能性について重要な点は、グローバルなアニメ市場の拡大に乗ってファン層が拡大していることです。アニメ市場は2013年頃から海外市場の拡大※2を牽引する形で2倍近くまで市場規模が成長しており、足許でグローバルでは3兆円近くの市場規模を持っています。VTuber視聴者の地域分布はアニメの消費地域の分布に相似的となっており、アニメコンテンツ消費の拡大がVTuber関連市場の消費者拡大を後押ししていると考えています。
そして、アニメコンテンツの文脈でVTuberを見たときに特筆すべきなのが、年間を通じて高頻度にコンテンツを投下することで、高い顧客接点を持ちながらファンエンゲージメントを温め続けられる点です。多くの連続TVアニメが、制作に長い期間をかけた後に消費されている今のアニメ産業の実態と対比すると、これは大きな利点となります。
さらに当社独自の競争優位性としては、所属VTuber自身がクリエイターとして高頻度にコンテンツを制作しているだけでなく、それを視聴するファン側も自らUGCのクリエイターとなって関連するコンテンツを制作して下さるというエコシステムが確立されている点があります。当社の場合は所属VTuberが月間3000本程度の生配信や動画コンテンツをリリースしていますが、その一本一本に対してファンが翻訳動画やハイライト動画などのUGCを制作して下さるので、VTuberクリエイターの影響力は自身のみで活動するよりも何倍もの梃がかかっている状態となっています。このUGC(ユーザー生成コンテンツ)※3エコシステムが当社の競争優位性の一つにもなっています。

ーグローバルに進出する上での障壁はどのようなものがありますか?
課題の一つは、国や地域によってアニメ関連産業の成熟度が大きく異なることです。日本では30~40年かけてアニメが日常的な文化として定着し、コラボカフェやイベントなど豊富な周辺ビジネスが存在します。しかし北米や東アジアでは、まだそこまでのサプライチェーンは確立されていません。いかに日本と同様の体験の質を保ちながら、各地域に適した形で展開できるかが重要になっています。
そういった観点で可能性を強く感じた事例もあります。ロサンゼルス・ドジャースとのコラボレーションでは、アニメファンだけでなく野球ファンも一緒にVTuberのパフォーマンスで盛り上がってくれました。この経験を通してエンターテインメントとしてのVTuberには、世界中でジャンルを超えた広がりの可能性があると強く感じました。
もちろん地域によってアプローチも変えていくローカライズをする必要があります。東アジアは日本文化との親和性が高いため、比較的日本に近い展開が可能ですが、一方で国ごとに異なる特性もあります。そこで直面する選択として、グローバル展開する際にわかりやすく伝わりやすい展開をするべきか、それとも各セグメントに対して深みのあるコンテンツを提供したほうがいいのか、という問題があります。現在は後者を中心に、前者も並行して進めています。SNSや動画プラットフォームを通じて、リアルタイムで各地域のトレンドを捉えたコンテンツ提供を行いやすいというVTuberの特徴を活かしながら、各地域に合わせた展開を進めているところです。
VTuberビジネスの価値創造と持続性が、世界市場への挑戦を支える。地域特性に合わせた戦略で広がるVTuberの可能性

ーVTuberを含めたバーチャルエンターテインメント業界の収益構造は、今後どのようにグローバルも含め、変化すると予想されますでしょうか?
カバーとしては世界各地でVTuberやバーチャルエンターテインメント経済圏の拡大を牽引しながら、中長期的に国内外の売上構成を50:50、または海外優位にすることをイメージしています。まずは各地域のアニメ経済圏をコア市場として当社のコンテンツ・商品・サービスの展開を行いつつ、徐々に地域別特性に合わせたローカライズを深めていく想定です。
業界全体としては、トップ層の先鋭化と中堅層以下の裾野の拡大が並行して進むことで成長していくと予想しています。また、その中で当社はMDやライセンス等の派生ビジネスで収益性を高めながら大型のコンテンツ投資や研究開発を継続することにより、産業自体の質的変化を牽引していくことになると思います。
中期的には、ブランドの影響力を高めた上で、MDやカードゲームなどの横展開により事業の収益性を高めていき、そこから得た利益を再投資してより質の高いコンテンツを出していく縦展開を回していくという好循環を作ることが重要です。日本ではアニメ関連のサプライチェーンが発達しているのでそうした循環を作りやすいですが、海外ではまだ日本ほどには関連市場が成熟していないので、様々な現地企業と連携しながら各地域のサプライチェーンに沿った形で現地ファンへのコンテンツ、商品、サービス提供を拡大していくことが重要と考えています。
長期的に見ると、世界各地で関連経済圏が拡大しその関与者が増加した後は、エコシステムの中でプラットフォーム的なビジネスが拡大していくことになる可能性があると想像しています。すでに北米でもインディーズでVTuberをやりたいという方が増えており、そうした方たちに向けた関連サービスのニーズも顕在化してきています。こうしたVTuberになりたいという人たちに向けたビジネスの市場は将来さらに拡大していくのではないかと考えています。
日本が強みとする、アニメ、コミック、ゲームといったカルチャーを軸足にしながら、バーチャル・クリエイター経済圏を世界的に大きく拡大したいと考えています。
これによって、身体的制約等に縛られずにそれぞれの創造性に基づいて自己実現を達成できるような方を世界中で増やすことに挑戦したいです。
ー最後に、等身大のカバーを一言で表すとしたら、どんな言葉を選びますか?
「独自性」です。カバーでは、個性豊かなクリエイターに加えて、メディア・テクノロジー、マーチャンダイジング、音楽、アニメ、ゲーム等の多様な分野の専門家がそれぞれの独自性や専門性を突き詰めることにより、他では模倣し難い競争優位性を作ることができていると感じています。
このような企業文化は今後、事業規模を拡大していくうえでも大きな強みになっていくだろうと感じています。
ーお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。クリエイターの可能性を広げ、新しい文化・経済圏を作り出そうとするカバーの挑戦に、今後も大きな期待が寄せられそうです。
※1:コロナ禍において、ロンドンでは2020年3月23日から始まり、同年11月5日、2021年1月6日と計3回のロックダウンが実施されました。感染拡大防止のため、外出制限や商業活動停止などの措置が取られました。
※2 出典:アニメ産業レポート2023 サマリー(日本語版)
※3 UGC:User Generated Content(ユーザー生成コンテンツ)の略称。サービスユーザーである一般消費者が発信するコンテンツを指します。(例:切り抜き動画、自作ゲームなど)