「テクノロジーで世界を縮める」カバー取締役CTOが語る、VTuberからホロアースまでの技術革新と未来像

VTuber事務所「ホロライブプロダクション」やメタバースプロジェクト「ホロアース」を展開するカバー株式会社。VR技術から始まり、今やグローバルに展開する総合エンターテインメント企業へと成長を遂げています。

その成長の中核を担うのが、創業期から技術戦略を牽引してきた福田一行取締役CTOです。「個人の力をインターネットでエンパワーする」という共通のビジョンのもと、谷郷元昭CEOとともにカバーを立ち上げた福田さん。VRからVTuber、そしてメタバースへと、テクノロジーを活用した新しい表現の可能性を追求してきました。

テクノロジーで世界を繋ぐため、「実在感」にこだわり、技術革新を続けるカバーの技術戦略や、新しいエンターテインメントの未来を創造する挑戦について、詳しく伺いました。

「個人の力をどうエンパワーするか」カバー立ち上げのきっかけとなった谷郷CEOとの出会いと、共通した思い

―カバー株式会社を立ち上げる前のご経歴や、谷郷CEO(代表取締役社長)との出会いについて教えてください。

カバーを谷郷と立ち上げる前は、アジャイルメディア・ネットワーク株式会社でCTOとして、ソーシャルメディア向けの広告システムやキャンペーンシステムを担当していました。その会社でスタートアップ向けのピッチコンテストを主催しており、2009年頃、その参加者として谷郷が登壇していたことで出会いました。打ち上げで話をしてからは、家が近所だったこともあり、その後も情報交換を続けていました。
当時谷郷は株式会社サンゼロミニッツでおでかけ情報サービス『30min.』を運営しており、個人のクリエイターやブロガーが発信できる時代が来ることに興味を持っていました。私自身も個人の力をインターネットでどうエンパワーするか、ということに強い興味があり、そのことについてよく話していました。

ーお二人とも共通する思いがあったのですね。そこからカバーを立ち上げるまで、どういった経緯がありましたか?

2015年ごろ、私が会社を辞めて自分で事業を立ち上げようとしていた時期に、谷郷とVRについての情報交換を始めました。当時、App Storeなどでモバイルのゲームプラットフォームが確立されており、VRでどんなことをするか模索する中で、「次のプラットフォームはVRになるのではないか」、という話をよくしていました。

そこから株式会社gumiの國光さんから出資を受け、「Tokyo VR Startups(現Tokyo XR Startups)」というアクセラレーションプログラムを立ち上げました。そこで半年かけてプロダクトを作ることになり、VR卓球ゲーム「Ping Pong League」の開発が始まりました。半年間の期間で模索して作り切りましたが、残り2ヶ月に差し掛かったところで「技術を活用すべきなのは卓球のようなVRゲームじゃないのでは?」という疑問が生まれていました。
その頃、「キズナアイ」が世界で30万登録者を達成して話題になっており、ライバーと呼ばれる配信者たちによるライブ配信も伸び始めている時代でした。そのような背景を鑑みた結果、谷郷と「バーチャルキャラクターがリアルタイムで配信ができるプラットフォームを作ろう」と構想を練り始め、VTuberの開発へとつながっています。
その後、2017年にカバー初となるVTuber「ときのそら」をデビューさせ、ライブ配信サービス『17LIVE』で2万人が見てくれるまでになった時には大きな手応えを感じました。それが現在の「ホロライブプロダクション」の原型となり、現在まで成長しています。

「実在感をどこまで追求できるか」 VR技術を活用したモーションキャプチャーから始まり、『Unreal Engine』による新たな表現技術への挑戦

―そこから6年で上場して、グローバル展開を進めるなど大きく躍進されています。当時はこの規模になることを想定されていましたか?また、VTuberやホロライブプロダクションがここまで大きく成長した要因や、大事にしてきたことがあれば教えてください。

目標としては今の規模まで大きくなる想像はしていましたが、VTuberという文化が世間に根付くまでのスピードが速かったこともあり、想定よりも早かったですね。2017年ごろは時代的にもYouTubeライブ配信が受け入れられていったりと、リアルタイムでインタラクションできる体験が徐々に受け入れられていく時代でした。それと並行してVTuber配信の文化が受け入れられていき、VTuber業界全体の盛り上がりがカバーにとっても大きな追い風になりました。一方で、2017年には「VTuber四天王」と呼ばれる配信者が登場したのですが、そこにホロライブのタレントが入れなかったことには悔しさもありました。

当時のVTuberによる配信は、ライブ配信が技術的に難しかったことから、動画コンテンツが中心でしたが、カバーではVR機材をモーションキャプチャーの技術として活用し、長時間の配信を可能にしたことが大きな躍進となりました。当時のモーションキャプチャー技術では30分くらいの稼働が限界だったのですが、VR機器が持つ性質を活かし、リアルタイム配信の技術を実現させることができました。

その次に、Live2Dのフェイストラッキングを開発しました。今までの3DモデルのVRでは機材や場所が制限されていましたが、スマホで動かせるアプリを開発し、大がかりな機材がなくても、いつでも配信ができるようになりました。それにより1日に複数回の配信が可能になり、リアルタイム配信のレベルが大きく向上しました。

当時のカバーはまだ社員が2、3名、業務委託6名くらいの小規模な会社でした。大事にしていたのは、実在感をどこまで追求できるか、ということです。そこに本当に人がいる感覚を演出することが大切で、陳腐なCGではなく、モーションキャプチャーで本人の動きをしっかりと再現することにこだわってきました。

2024年の現在では、個人の自宅でも当時のような配信ができるようになっていますし、実在感も3Dの表現技術も上がっています。表現の臨場感もあり、クオリティの幅も広がっています。VTuber業界の発展によって個人での配信が可能になる未来は、立ち上げ当初から谷郷と描いていた未来像だったので嬉しいですね。

―立ち上げ当時に抱いていた夢が少しづつ現実化しているのですね。今後3〜5年間では、カバーの技術面はどのような変革を目指していますか?

現在、新しいゲームエンジンの『Unreal Engine』へのチャレンジを進めており、11月1日にはバーチャルライブ開発プロジェクトを始動しました※1。『Unreal Engine』は高いグラフィック性能を特徴とするゲームエンジンで、活用すると情報量が大幅に増え、実在感がさらに向上します。例えば、都市全体を背景にしたライブ映像が可能になったり、リアリティのある照明やスモークなどのステージ演出といった、より本格的なライブ表現ができるようにになっていきます。ライブ会場の観客も今はシルエットですが、情報量が上がると一人一人顔を持った観客が作れるようにもなり、さらなる実在感を演出することができるようになります。

オンラインゲームなどのプレイヤーに明確な達成すべき目標やストーリーを用意する従来のスタイルから、提供した世界観の中で自由に行動できるようになることを目指しています。「ホロアース」の中でユーザーは自分が好きなように世界を自由に作れ、アバターを介して誰もがリアルタイムにコミュニケーションができるという、これまでのカバーの配信技術とは異なる、リアルタイム通信によるオンラインゲームに近い技術を開発しています。

「ホロライブ」のグローバル展開に続いて、「ホロアース」のグローバル展開も、今後のカバーにとって重要になってくると思っています。そして、「ホロライブ」と「ホロアース」の両軸でバーチャルな世界や、その中での活動を広げていくことを目指しています。

「地球の反対側の人たちともリアルタイムでコラボできるように」 技術で距離を超え、世界中のクリエイターが活躍できるプラットフォームを目指す

―それらを通して実現したい目標や未来はどういったものでしょうか?

個人をエンパワーしていくことですね。私は昔から漫画が好きで、様々な作品からとても感銘を受けてきました。イラストレーターや漫画家には一人の力で世界への影響力を持つこともあります。私たちはそうしたクリエイターの方々を支える立場として、ツールやテクノロジーでバックアップしていくことに使命を感じています。

前職でブロガーや個人の方が「メディア」になっていくのを見てきて、当時から「個人が影響力を持っていく時代は加速していきそうだな」、と思っていました。そうした時代とテクノロジーの発展の中で、漫画家やイラストレーター自身がメディアとなり、日本の素晴らしいクリエイターを世界に知ってもらいたいという新たな思いが沸いてきました。こうした思いは谷郷も同じで、今もカバーで実現したいことやビジョンを定期的に話しています。

例えば「ホロアース」で、誰もが自分のアバターでクリエイティブな活動ができるようになれば、今までリアルでのクリエイティブの発信などを躊躇っていた人たちも参加しやすくなり、次の表現の場所になっていくと考えています。エンジニアとして、今まで見たことのないものを作れることに喜びを感じるので、エンターテインメントとテクノロジーを掛け合わせることで、新しい表現を生んでいきたいです。

―今後さらにグローバルへと展開していくカバーですが、技術面においてグローバル展開における課題はなんでしょうか?

エンジニアとしては通信の遅延をどう解決していくのか、というのが最も大きな課題です。世界に向けてリアルタイムのコミュニケーションを行う上で、どうしても遅延が数秒起きてしまいます。リアルタイムのコミュニケーションを実現させるために、その遅延を技術的にどう解決するか、例えばリアルタイムではないものをいかにリアルタイムに見せるのか、という視点も含めて、どんなやりようがあるのかという課題に挑戦しています。

今後さらに少子化となっていく日本で、グローバル企業を作らなければ、という使命感は、カバーを立ち上げる前から谷郷と共有していました。私は新卒でソニーに入社したのですが、当時からグローバル企業で働く、という視点がありました。私自身がインターネット世代なのもあり、世界に垣根がないという感覚が大きいと思いますし、世界に通用する日本のクリエイターを日本から世界に発信したいという思いも大きいです。

そうした目標のためにも、実在感を大事にし、地球の反対側の方達ともコラボレーションを可能にするために、テクノロジーで世界を縮めることに挑んでいます。

メタバース、アプリ開発、映像技術。カバーならではの幅広い環境で新しいことへチャレンジしていく人とともに働きたい

―世界をリアルタイムで繋げるための技術を画策していくのですね。カバーのエンジニアの現状や、今後の展望を教えてください。

現在、エンジニアは正社員で60-70人程度で、全体の約10%です。プラットフォーム企業としてはまだまだ少ない状況です。世間からカバーはVTuberの会社やタレント事務所という見られ方が強いですが、VR技術をフックにして立ち上がった会社であり、テクノロジーを重視していることを発信していきたいですね。コンテンツの裏にある技術や工夫などももっと見せていきたいと考えています。

そのために技術ブログを始めたり、講演活動など、外部への発信も最近では積極的に行っています。メタバース事業やファンコミュニティアプリ事業など、サービスごとに用いる技術が異なるため、会社としての技術ブランディングは難しい面もありますが、クライアントサイド、ゲームエンジン、サーバーサイドなど、幅広い分野での発信ができることは強みだと捉えています。

―幅広い事業のあるカバーですが、どのような人材がフィットすると思いますか?

”実在感”をベースに、表現力やリアルタイム性について考えられる人、全世界へのサービス展開を考えられる人を求めています。様々な技術やサービス、デバイスに対して、まず自ら体験してみようという姿勢も重要です。私自身、新しい技術があればまず触ってみる、をモットーにしており、技術的なものはまず私が試して、それをどういう風にビジネスにしていくかを谷郷が考えるという役割になっています。

カバーではハードウェアを活かしたサービス開発から、コンテンツまで一気通貫で携われる環境があり、メタバース事業ではゲーム領域での技術を、アプリ開発ではWeb、スマホアプリ開発の技術を、VTuber事業では映像技術を学ぶことができます。
様々な技術領域を横断的に経験できることが、カバーならではの特徴です。社内の各部署で必要な技術が異なるため、幅広い領域での議論が行われています。こうした特徴を活かして、新しいことへのチャレンジを考えられる方とともに働きたいですね。

―5年後、10年後のビジョンをお聞かせください。

私たちが当初から目指していた、バーチャルなプラットフォームの実現に向けて進んでいきたいと考えています。海外ではVTuberはまだ浸透の余地が大きく、メタバース領域と合わせて、世界展開のポテンシャルは高いと感じています。実際、「ホロアース」も英語圏のユーザーが増えていますし、世界市場には攻めていきたいですね。最大の目標は、クリエイターをエンパワーメントすることなので、社内外を問わず、様々なクリエイターが活躍できる場を社会全体として作っていきたいです。

―最後に、等身大のカバーを一言で表すとしたらなんでしょうか?

「レベルアップ」ですね。谷郷も「第二創業期」と言っていましたが、メタバース事業など新規領域の立ち上げも含め、それぞれの分野でのレベルアップが重要だと考えています。
個人的には、より多くの海外クリエイターと協働していきたいという思いがあります。世界中のクリエイターとともに、新しい表現の可能性を追求していきたいです。

ーVR技術からスタートし、VTuber、そしてメタバースへと領域を広げ続けるカバーの技術戦略の舵取り役である福田取締役CTOから、実在感へのこだわりとテクノロジーで世界を繋ぐビジョンを伺え、大変刺激的でした。ありがとうございました!

※1:カバー株式会社、Unreal Engineによるバーチャルライブ開発プロジェクトを始動 ~同時にUnreal Engineエンジニアの採用を開始~

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