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VTuber事業「ホロライブプロダクション」やメタバース事業「ホロアース」を世界に展開するカバー株式会社。2024年5月に新設された海外事業開発室は、世界市場での存在感を高めるための重要な役割を担っています。その指揮を執るのが、エンターテインメント業界で豊富な経験を持つ鈴木室長です。ハリウッド映画のプロデュースから日本IPの海外展開まで、数々のプロジェクトを手掛けてきた鈴木室長に、カバーの世界戦略について前後編にわたり、詳しく伺いました。
後編では、現在取り組んでいる海外事業の業務内容や今後の展開についてお話いただきました。
鈴木さんの今までのキャリアについてお話いただいた前編はこちら
「オーガニックな成長を、戦略的な展開へ」世界で愛されるVTuberコンテンツの次なるステージを見据えて
―海外事業開発室として現在取り組んでいる主な業務や注力していることを教えていただけますでしょうか?
現在、3年から5年を見据えた中期計画の策定に取り組んでいます。ホロライブは非常に特殊なケースで、戦略的な施策を打たなくても海外でオーガニックに成長してきました。これは業界的にもかなり珍しい例だと思います。今はそうした強みを活かしつつ、次の成長に向けた戦略を練っているところです。自分で会社を経営していた時と比べると、できることの規模が全く異なり、戦略づくりにおいても、他部署との対話を通じて「こんな知見が社内にあったのか」という発見の連続です。解像度が上がっていくたびに、さらなるポテンシャルを感じています。一人で会社を経営していると、自分のキャパシティに制限されてしまいますが、今は様々な能力を持つ専門家が集まったチームの中にいるので、より大きなチャレンジが可能になると実感しています。
海外展開については、コアなファンの熱量は国や地域による違いはほとんど感じず、どこの国や地域も同じようなモチベーションや愛情を持ってくださっています。しかし、そこからライトユーザー層への広がり方は、国や地域によって大きく異なります。例えば日本では、アイドルやアニメ文化が既に社会に深く浸透しているため、より幅広い層への展開がスムーズです。一方、他の国々では、コアファンからライトユーザーへの道のりは、その国や地域の文化的背景によって異なるステップを踏む必要があります。
その上で特に注力しているのが北米市場です。2024年7月に北米拠点として「COVER USA」を立ち上げ、最も戦略的に攻めやすい環境が整っていますし、経済的な観点からもドル建ての市場は魅力的です。「ホロライブプロダクション」には才能あふれるタレントが多数所属しており、その多様性によって、北米でも様々な趣向を持つファンを惹きつけることができていると感じますし、ゲーム配信活動を通じて新しいファン層の開拓にも成功しています。文化的土壌や経済環境によって展開の仕方は変わってきますが、どの地域でもコアなファンの方々の支えがあってこその成長だと実感しています。
―「COVER USA」では現在どのようなチームが活動しているのでしょうか?
2024年12月現在、4名体制のチームで運営しています。現地のリーダーを中心に、アメリカでのライセンス獲得を最重要ミッションとして活動しています。営業チームとしての目標達成に向けて着実に成果を上げているところです。
今後は、営業活動を主軸としながらも、MD(マーチャンダイジング)の製造など、ビジネス機能の拡充を目指しています。タレントについても、現在はどの地域のタレントも基本的に日本との契約になっていますが、場合によっては英語圏のタレントが今後「COVER USA」に所属するケースも考えられますし、アメリカ現地で英語圏のタレントさんたちのサポートする機能や体制を強化していくことなど、要素を積極的に広げていきたいなと思っていますね。
―鈴木さんは国や地域を超えて様々な人とコミュニケーションを取ることが多いと思います。仕事上、特に大切にしていることは何でしょうか?
信頼関係を何よりも大切にしていますね。これは過去の経験から学んだ最も重要な教訓です。かつて「クールジャパン戦略」関連の仕事をしていた時、政治的な思惑に翻弄される場面を数多く目にしました。この仕事で映画製作のために集まったチームは当初、高いモチベーションと志を持っていましたが、組織の力学の中で権力争いに巻き込まれていき、やる気を失っていく。そうした経験から、本質的な信頼関係の構築がいかに重要かを痛感してきました。
特に海外事業というのは、単にプロジェクトだけを見ていては成功しません。橋渡し役として、両サイドの綱を同時に持ち続けることが重要です。手を離さない信頼できるパートナーを見つけることが、成功の鍵だと考えています。
カバーでの経験は、まさにその考えを裏付けるものでした。私が入社する際、もともとあった海外事業本部が海外事業開発室として再編されることになり、当初は組織改編に伴う軋轢を懸念していました。通常、このような変更では、自分の領域が侵される不安から様々な問題が生じることも少なくありません。
しかし、以前の海外事業本部長で現「COVER USA」のリーダーとの出会いは、その懸念を払拭してくれました。彼は会社への深い愛情と長年の貢献があり、非常に誠実な人柄の持ち主でした。私のような新参者に対しても、エゴのない本質的な協力姿勢を示してくれました。その真摯な態度のおかげで、早い段階で強い信頼関係を築くことができ、これは海外事業を推進していく上で、非常に恵まれたスタートとなりました。この経験は、グローバルなチーム作りにおいて、信頼関係の構築がいかに重要であるかを改めて実感させてくれました。
―距離を超えた信頼関係が築けていることが海外展開していくビジネスの土壌となるのですね。室長として、どのようなチーム文化を築きたいと考えていますか?
完璧を求めすぎると萎縮してしまうので、個性や「とんがり」を大切にしたチーム作りを心がけています。チャレンジする気概を持った人材には、往々にして能力分布にも特徴的な偏りがあるものです。そのため、「完璧な人はいない」という前提に立ち、チーム構成を考えています。誰しも得意不得意があるわけですが、基本的な部分以外で、お互いの個性をどう補完していけるかを重視しています。メンバー一人一人が伸び伸びと自分の強みを発揮できる戦い方を模索しているんです。全ての要素で60点を取れることよりも、それぞれの得意分野で高い成果を出せる環境づくりを目指しています。
また、カバーのビジョン・バリューは常に意識していますね。特に海外展開においては、一つの部署だけでは完結しない仕事ばかりです。他部署との連携が不可欠で、その中でビジョンやバリューを共有することで、より効果的なチーム作りができると考えています。
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―鈴木さんはお子さんを育てながら働かれているワーキングマザーでもありますが、その視点からカバーの働きやすさについてお聞かせください。
マネジメント層を含めて子育て世代が多いのが特徴ですね。以前は男性社員が中心だった組織だったと聞いていますが、ビジネスの展開が広がるにつれて、今では女性社員も増えてきました。特筆すべきは、マネジメント層の方々の子育てに対する理解の深さです。男性社員の中でも、育児を「すべて任せきり」という方は少なく、お互いに気遣い合える環境があります。
就業形態についてはフレックス制を採用しており、チームごとにコアタイムが設定されています。私たちのチームは海外との交渉が多いため、比較的早めの時間帯に設定されています。そのため、朝は保育園に子供を送ってから出社する、というような生活リズムを作ることができています。
福利厚生や働き方の制度もさることながら、何より同じ立場の人が多く、互いの状況を理解し合える環境があることが、働きやすさの大きな要因だと感じています。
―同じ境遇の方々が多い環境なのは理解促進が早く、今後さらに働きやすい環境になっていくことも期待できますね。ご自身が目指す理想のリーダー像と、その実現に向けて意識されていることを教えていただけますか?
私自身も完璧な人間ではないことを受け入れるところから始めています。自分もチームの中の一つのピースであり、全体の中でどう最適に組み合わさっていけるかを考えることが大切だと思っています。いわゆるカリスマ性やリーダーシップといった従来型の要素にはあまりこだわっていません。むしろ、状況に応じて柔軟に形を変えていけることを重視しています。
日々意識しているのは、自分のことも他者のことも、まずは信じて受け入れるという姿勢です。ただ、自分とは真逆のアプローチをする人をどう受け入れ、共存していくかは常に考えているテーマです。部署もメンバーもそれぞれタイプが異なりますから、その多様性をどう活かすかが重要になってきます。
特にカバーの場合、一つの部署だけでは完結しない仕事が多く、他部署との連携が不可欠ななかで、単なるベルトコンベアー式の分業ではなく、真のワンチームになることが求められます。異なる目標を持つ人々とどうやってチームとして機能していくか。これは難しさもありますが、だからこそやりがいのある挑戦だと感じています。
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―今後の海外事業展開についてのビジョンをお聞かせください。また、カバーのコンテンツの魅力をどのように展開していきたいとお考えですか?
具体的には、3年以内に北米で存在感のある会社になることが必須だと考えています。
現在、海外のファンの方々から「オフィシャルグッズが欲しいのに手に入らない」という声をよく聞きます。これは早急に解決したい課題の一つです。一方で、まだVTuberを知らない層に向けては、「配信の中で触れ合える」という独自の魅力をどう伝えていくかが重要です。長時間のライブ配信を見るのはハードルが高い方もいらっしゃいますから、よりライトな入り口を作っていけないかと考えています。
10年という長期的なスパンで見ると、VTuberへのチャレンジとグローバルでの成果を出すことを達成したいですね。具体的には、世界中の誰もが「なんとなく知っている」という状態を目指しています。10年後には、また違う世界が見えてきて、新しい選択肢も生まれているはずです。
―最後に、等身大のカバーを一言で表すとしたら、どんな言葉を選びますか?
「文化祭前夜」ですね。
まだ整っていない部分もあり、わちゃわちゃとした雰囲気はありますが、だからこそワクワクしていて、期待感が広がっている状態。まさに今のカバーを表現するのにぴったりだと思います。